2010年3月

ロワールの城めぐり ブロワ城

ロワールの古城めぐりの基点「TOURSトゥール」から、のんびりとお城めぐりはいかがでしょうか?
参考:トゥールにはTGV利用し、パリモンパルナス駅から1時間、パリCDG空港駅からでも1時間45分です。トゥール駅正面噴水の先に観光案内所がありますので詳しくは尋ねてください。

BLOIS ブロワ城

場所:

TOURS市内から東方向55キロ、車で約1時間。高速道路を使うならばA10にてオルレアン方面に向かうことも可能。以前にご紹介したロワール河を遡る河の北側の道路を使うと、アンボワーズ城を過ぎショーモン城を過ぎたところにブロワという町があります。 駐車場はいたるところにあるので、車から降りて街をぶらぶらと歩き、城までの散策が良いです。また、城の裏手にも回るとそそり立つ城壁があり、なかなか見ごたえがあります。

列車ではトゥール駅からORLEANSオルレアン行きに乗ります。たとえばトゥール駅9:04→ブロア駅9:46、帰りはブロア駅16:16→トゥール駅16:53には到着です。30分に1本ほどの列車はあります。時刻表は駅内の切符売り場にて無料で手に入りますので確認してください。ブロア駅から城まではまっすぐの道路で非常に近いです。

ロワール河の右岸(北側)にあり、オルレアンとトゥールの中間点に位置します。ロワール河を見下ろす丘の上、起伏のあるところに街並みと城があります。

歴史:

古くから交通の要であったブロアは中世の時代は封建領主ブロア伯爵が領土としていた。12世紀初頭にはイギリス王家と姻戚をもち、英国王も出すほどの力があった。しかし、12世紀後半からブロワ家は次第に勢力を失い、14世紀末には領土をシャルル6世の弟ルイ・ドルレアン公爵に売却し、フランス王家の所有となった。
1498年ルイ・ドルレアンの孫ルイ12世が即位し、宮廷がブロアに移された。この時からこの城はフランソワ1世からアンリ3世までの6名の王の居城となる。
1577年アンリ3世は全国三部会を開き、その後1588年10月16日にも三部会が開催された。
歴史的に残る話は「ギーズ公の暗殺」です。総代官のギーズ公爵は国王アンリ3世を廃位させようとしていた。1588年12月23日王は会議のためにギーズ公をブロワ城に出頭させ、執務室に赴くように刺客を通して伝え、刺客はギーズ公を暗殺してしまった。
クリスマスの日にもギーズ公の兄弟ロレーヌ枢機卿も殺させてしまった。

建物内部:

13世紀から17世紀にかけてたびたび増改築が行われ、ゴチック様式からルネッサンス様式、古典様式と各時代の建築様式を眺めることができる。城の入り口は赤レンガと白い石枠造りのルイ12世翼棟の後期ルネッサンス様式。入り口上にはジャンヌ・ダルクのモニュメントがあります。



中庭に入って右にはルネッサンス様式のフランソワ1世翼棟があり、特に張り出した八角形の螺旋階段は傑作のひとつである。正面は17世紀前半に建てられたガストン・ドルレアン翼棟があり典型的な古典様式である。
フランソワ1世翼棟の3階にはギーズ公が暗殺された部屋があります。その時の様子は壁にかけられた絵画からうかがうことができます。
その他三部会の部屋、アンリ3世の部屋、フランソワ1世の象徴であるサラマンダー(火トカゲ)の暖炉、カトリーヌ・ド・メディシスの寝室やカトリーヌ・ド・メディシスの部屋には羽目板に隠し戸棚があるなど見どころはたくさんあります。



ロッジアのファサードは裏手のヴィクトル・ユゴー広場からの眺めが素晴らしいです。



時間に余裕のあるときは:

城を中心にした街並みを散歩するのも良いのですが、ロワール河に出て、橋を渡って対岸に行き、ロワール河越しに見る対岸のブロワ城の眺めもまたいいものです。



tajima.jpg 田島 正利 (たじま まさとし)

海外留学の経験を生かし、お勧めのフランスの町や古城をご案内します。




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ロワールの城めぐり シノン城

ロワールの古城めぐりの基点「TOURSトゥール」から、のんびりとお城めぐりはいかがでしょうか?
 参考:トゥールにはTGV利用し、パリモンパルナス駅から1時間、パリCDG空港駅からでも1時間45分です。トゥール駅正面噴水の先に観光案内所がありますので詳しくは尋ねてください。

CHINON シノン城

場所:

TOURS駅から西南方向40キロ、車で約1時間。ひたすらまっすぐな道が続いています。 以前にご紹介したアゼ・ル・リドー城を過ぎ更に西に行ったところです。


列車ではトゥール駅からCHINONシノン行きに乗ります。
たとえばトゥール駅9:09→シノン駅9:52、帰りはシノン駅15:16→トゥール駅15:59。1時間に1本ほどの列車はあります。時刻表は駅内の切符売り場にて無料で手に入りますので確認してください。

TOURSの南西 LA VIENNE(ヴィエンヌ)川沿いに位置します。城内部の見学は崩れ落ちた部分が多いので、南側のヴィエンヌ川を渡ったところから振り向いてみる城は見ごたえがあります。

歴史:

古代ローマ時代から城塞が築かれていた高台に最初の城を築いたのは10世紀の諸侯ブロワ伯テオバル。1152年プランタジネット家の英国王でもあったヘンリー2世によって現存の城が築かれた。1205年フィリップ・オーギュストの手になり、国王の居城となった。シャルル7世がこの城をさらに強化していったが、15世紀末には宮廷はこの地を去り、その後は荒廃していった。現在廃墟となって残っている大部分は当時のままである。

建物内部:

1429年3月ジャンヌ・ダルクが初めて王太子のシャルル7世に会ったのはこの城の大広間であった。廃墟となった城の一角にはその大広間の暖炉跡があり記念碑がその横に貼り付けられています。ジャンヌ・ダルクはトゥールで甲冑をしたため、オルレアンへと向かい、1529年5月8日イギリス軍を退去させた。この時の攻囲戦は沈みそうになった国家を救い国民の再生への出発点になったというフランスにおいて大きな歴史のエピソードとなっています。
防御用のサン・ジョルジュ要塞、クードレー要塞、国王の居室、時計塔、庭園などを見学できる。

見学コース:

シノン駅から城まではヴィエンヌ川に沿ってデカルト通りからジャンヌダルクのモニュメントを見てジャンヌ・ダルク通りを歩きラブレーのモニュメントもあります。カルノ通りという橋を左に折れて渡る。振り向くと対岸の高台に城塞の姿を見ることができる。カヌーの盛んなところであり、練習している姿を見ながらその向こう側に広がる古い城壁とその下にある住居がすばらしい眺めです。もう一度橋を渡って戻り、左に折れ、シャルル7世通りを歩き、T字路を右に折れフランソワ・ミッテラン通りという坂道を登ると城の入り口に着きます。



城内へは堀にかけられた石造りの橋を渡り、時計塔の真下の門をくぐると右にチケット売り場です。城壁は長さ400メートル幅70メートルの細長い四角形です。深い堀で三つの要塞(サン・ジョルジュの要塞、中央の城、クードレー要塞)に分かれています。   城内見学後は眼下の曲がりくねった小路に中世の家屋が並ぶ旧市街をのんびりと歩きましょう。中世とルネッサンスの面影を保持しています。ワイン博物館もあり、カーブという洞窟内のワイン用自然貯蔵庫も見てみましょう。



時間に余裕のあるときは:

フランソワ・ラブレーを追ってみてはどうでしょうか。 シノンのランプロワ街にて弁護士の息子として1483年頃に生まれ、シノンから南西に8キロ行ったラ・ドヴィニエール(la Deviniere)村にある父の田舎家で暮らしました。ここはラブレー博物館となっており、建物は15・16世紀のルネッサンス式の家です。1930年から国の歴史的建造物の指定を受けました。書斎・寝室などを眺めたり直筆で書かれた原本や刊行作品、またマティスによって描かれた肖像デッサン画もあります。
ラブレーはモンペリエで医学を修め、リヨンで開業医となるが、「ガルガンチュアとパンタグリュエル物語」の作者でもあり、主人公のガルガンチュアは大酒のみであり、シノンの酒蔵で何杯もワインを飲み干すシーンが滑稽な文体で描かれている。国内外を転々とするが、1550年フランスに戻る。1553年消息不明になったが、近年になって遺産相続記録が発見され、この年に死去していたと確認された。70歳と考えられるため、1483年生まれであると考えられる。

ラブレーの銅像は トゥール市内にもあります。ロワール河沿いにあるトゥール大学手前のロータリー脇にあります。

*歴史ある城と古き街、また作家でもあるラブレーの作品を追ったり、シノンの赤ワインを堪能して想いをめぐらせてください。


tajima.jpg 田島 正利 (たじま まさとし)

海外留学の経験を生かし、お勧めのフランスの町や古城をご案内します。




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ロワールの城めぐり ショーモン・シュール・ロワール城

ロワールの古城めぐりの基点「TOURSトゥール」から、のんびりとお城めぐりはいかがでしょうか?
参考:トゥールにはTGV利用し、パリモンパルナス駅から1時間、パリCDG空港駅からでも1時間45分です。
トゥール駅正面噴水の先に観光案内所がありますので詳しくは尋ねてください。

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城

場所:

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城 TOURS駅から東方向40キロ、車で約50分。ロワール河を上りアンボワーズ城の先、川を挟んで城が見えてきます。
鉄道にて行くことも出来ます。ORLEANSオルレアン方面行きにてONZAINオンザン駅にて下車です。駅からは徒歩で30分ほどですが、ロワール河の対岸の丘の上に見える城は優美な姿であり、川沿いに並ぶ民家とのマッチングにしばし、足を止めざるをえません。
時刻表を見てみます。たとえばトゥール駅9:04→オンザン駅9:35、帰りはオンザン駅12時代13時代15時代があり、トゥール駅行きになります。切符は駅内の切符売り場にて購入できますが、前日までに購入されることをお勧めいたします。

歴史:

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城 10世紀の頃 ブロワ伯ユドー1世がアンジュー公フルク・ネラの攻撃から守るために建てた要塞がショーモン城の始まりです。12世紀からアンボワーズ家の所有となり、第2代領主ユーグ・ダンボワーズは石のドンジョンを築きあげ15世紀まで王家にとっては最も重要な場所となります。
12世紀には取り壊し後再建され、13・14世紀と時代が流れ、ルイ11世に対する大貴族の反乱「公益同盟」に巻き込まれ、王はこの城を焼却して取り壊し、土地を没収したが、1466年ピエール・ド・アンボワーズは古い要塞を再構築することを決定し着手。1473年からはシャルル1世が工事を引き継ぎ1481年まで続けられました。シャルル1世の後継者で彼の甥であるシャルル2世は1501年ミラノ総督となるため城を譲らねばならなくなった時、枢機卿はショーモンに居を構えました。その後多くの建物が整理されてしまい、特に中世時代の要塞としての建物は残っていません。

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城 1560年アンリ2世の妻のカトリーヌ・ド・メディシスが城を買い取り、多数の占星術者を滞在させた。ノストラダムスがこの城でカトリーヌに未来の情景を映し出す鏡を見せ、ヴァロワ朝の終焉が近い事を知らせたと言う話は有名ですが、ノストラダムスがショーモン城に滞在したかどうかはわかりません。
アンリ2世の死後妻であるカトリーヌはシュノンソー城をアンリ2世の愛人であるディアーヌ・ド・ポワチエから奪い返そうとします。カトリーヌはディアーヌをシュノンソー城から追放してショーモン城に移しました。
ディアーヌはショーモン城の修復工事に取り掛かり、自身の頭文字を組み合わせた紋章を飾らせたりもしました。しかし、ディアーヌはこの城にはほとんど滞在することがなく、1566年の亡くなるまでには工事は完成しませんでした。未完成の部分における工事の再開は18世紀に入ってからでした。
19世紀の初めにナポレオンにより亡命を命じられたスタール夫人(批評家・小説家)がパリから移り住んだところでもあり、1810年の作品「ドイツ論」の中ではショーモン城での滞在にも触れています。
1875年からは大富豪の娘であるセイがブログリエ家と婚姻関係を結んだ際にショーモン城を購入した。財の限りを尽くして城を豪華な館に改造させ、毎日饗宴を開いていたが、1929年の破産後1938年に国が17ヘクタールの庭園と城を買い取りました。

建物内部:

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城 入り口は大きな跳ね橋にあり、建物はコの字型になっています。外観はやや質素に見えますが、城内には財の限りを尽くした美しいタピスリーや、16・17世紀の調度品や甲冑、18世紀のイタリア人アーティストによるテラコッタ製メダルコレクションなどが見られ、カトリーヌやディアンヌの部屋も残っています。
城から見る眼下のロワール河も良いですが、その向こうに見える広大な景色素晴らしいです。また、城手前の敷地内には別棟の厩舎があり、鞍具置き場や馬の調教場所として使われた円形の建物もあるので是非ゆっくりと眺めてください。

CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城 CHAUMONT-SUR-LOIRE ショーモン・シュール・ロワール城

tajima.jpg 田島 正利 (たじま まさとし)

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