撮る観光案内(列車で訪れるアンボワーズ城とクロ・リュセ・前編)

撮る観光案内(列車で訪れるアンボワーズ城とクロ・リュセ・前編)

特集「撮る観光案内」の第三弾にて アンボワーズ城とクロ・リュセの館をご紹介しましたが、今回この地を再度訪問する機会を得ましたので、写真と共にご紹介します。
まずは前編のアンボワーズ城までの行程をお楽しみください。

古城めぐりは観光バスを利用するというのが一般的ですが、今回は列車を使って一日のんびりと訪問しました。切符は前日トゥール駅の切符売り場にて購入して準備万端です。

出発・移動

トゥール駅始発09:40のオルレアン行きの列車に乗ります。始発であったため混むことなく座席も確保して出発です。

トゥール駅 オルレアン行きの列車

途中いくつかの駅に停車しましたが、10:04アンボワーズという駅にて下車しました。ホームには駅職員もいません。地下通路にて反対側の駅舎のほうに移動しましたが、ここにも全く駅員がいない状態で、外に出ました。
駅前にも人はいないので、この方向でいいだろうと判断し、とぼとぼと歩き始め、ロワール河まで移動しました。
ジェネラル・ルクレール橋を渡り、ロワール河の中州まで歩くと、アンボワーズ城が目の前です。車も人も急に多くなりました。
城に向かって歩くと右側には「BIGOT」のお店があります。日本にて本物のパンを伝え続けたPhilippe BIGOT氏の親戚のお店です。さすが有名なお店、沢山の方がチョコレートやお菓子とお茶を堪能していました。日本人の観光客の方もガイドブック片手にお茶を楽しんでいました。

アンボワーズ城 BIGOT

アンボワーズ城


サン=テュベール礼拝堂

歴史:

ガリア=ローマ時代から要塞化され、ゴチック様式にて作られていましたが、シャルル8世・ルイ12世・フランソワ1世が相次いでナポリ王国やミラノ公国へと遠征しました。遠征によって芸術家や芸術作品を持ち帰り、イタリア・ルネッサンスがこの地からフランスに広まることになりました。
しかし、ルイ13世時代に建物の解体が行われ、その後ナポレオン治下の命令にて解体が続行され、このフランス・ルネッサンスの最初の城は姿を消すことになります。

入城すると目の前に庭と城が広がっていました。左手にサン=テュベール礼拝堂です。レオナルド・ダ・ヴィンチの墓があります。礼拝堂横のテラスから下を見ると眼下に町の屋根が広がり、左を見ると後ほど訪問予定であるクロ・リュセ(レオナルド・ダ・ヴィンチが住んでいたところ)が遠くに見えました。


反対側のテラスに行くとロワール河が右から左にゆったりと流れ、先ほど駅から歩いてきた方向を見ますと高い建物などなく、地平線を見渡せる光景に満足しました。

ロワール河 ロワール河

城の住居部分に入り込みますと、最初はゴチック様式の住居棟があります。衛兵の間・貴族衛兵の間・会議の間などを通過し、ルネッサンス様式の居室へと移動しました。


給仕の間・アンリ2世の寝室などを通り抜けると、いよいよミニームの塔に出ます。この塔はロワール河の道路から引き馬や騎馬のまま登ってこられる通路です。階段ではなく傾斜通路になっていて40メートルある城内に入り込めるようになっています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 外に出ると美しい芝生の庭があり、レオナルド・ダ・ヴィンチの胸像があります。このあたりがレオナルド・ダ・ヴィンチ最初に埋葬されたサンフロランタン参事会教会(12世紀のロマネスク教会)であったとのこと。19世紀にこの教会が取り壊され現在のサン=テュベール礼拝堂に遺骸は移されました。
振り向いて建物を外から見ると、屋根の部分にある天窓が左右の建物で違っています。左の建物がゴチック様式、右の建物がルネッサンス様式となっているのがわかります。

いかがだったでしょうか?
このアンボワーズ城はユネスコ世界遺産にも登録されている美しい城です。
中世の街並みを残すこの場所を、カメラ片手に歩き回ると、本当に心が躍ります。
是非とも実際の目でご覧ください!

さて次回は、『列車で訪れるアンボワーズ城とクロリュセ・後編』ということで、クロリュセの館をご紹介します。お楽しみに!

tajima.jpg 田島 正利 (たじま まさとし)

海外留学の経験を生かし、お勧めのフランスの町や古城をご案内します。




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