2009年9月

レーヌ・クロード(Reine Claude)

フランスは今が一番果物のおいしい時期です。

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上部左から、イタリア(白玉ぶどう)、マスカット・ハンブルグ(黒ぶどう)、白桃、レーヌ・クロード(緑玉プラム)

特に8月から9月にかけて、レーヌ・クロードという日本ではあまりお目にかかれない緑色のプラムが出回ります。このプラムはロワールの古城にゆかりのあるフランス王フランソワ1世の王妃クロードの名前が冠されており、フランスの人々に最も好まれている果物の一つと言われています。大きさは直径2.5センチメートル程で、緑から黄色の色合いをしています。糖度が高く皮も柔らかいため、口に含むととろけるような食感です。夏の終わりの短い期間しか手に入らないため、生で食べるだけでなく、ジャムにして保存もします。タルトにしても大変おいしいです。

この時期にフランスに来ることができず、希少なレーヌ・クロードを賞味できないと残念にお思いの方は、ぜひレーヌ・クロードのジャムをお持ち帰りください。こちらは一年を通して手に入れることが可能です。

life_reine_claude02.jpg レーヌ・クロードのジャム、
(左)アルベール・メネス社、(右)ボンヌ・ママン社

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トゥレーヌ音楽祭

フランスをはじめヨーロッパでは、各地でさまざまな音楽祭が催されています。クラシック音楽の分野では、ナントのラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)などが日本でも有名です。今回は6月19日から28日までトゥール近郊の町・メレで行われたトゥレーヌ音楽祭をご紹介いたします。

トゥレーヌ音楽祭は1964年にロシアの巨匠ピアニストのスヴャトスラス・リヒテルらが創設した伝統ある音楽祭のひとつであり、現在はフォル・ジュルネの創設者であるルネ・マルタンが芸術監督を務めています。
出演者には、ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)、ネルソン・フレイレ(ピアノ)、イアン・ボストリッジ(テノール)など、世界中で活躍する実力派の演奏家たちが名を連ねました。

会場は13世紀に建造された穀倉庫で、当時は税として徴収された穀類を保管するために用いられていたそうです。敷地内には家畜小屋もあり、鶏やあひるたちも仲良く暮らしています。彼らも会場の外から素敵なコーラスを披露してくれ、素晴らしい演奏に花を添えてくれました!

トゥレーヌ音楽祭トゥレーヌ音楽祭 トゥレーヌ音楽祭

このような音楽祭の魅力は、打ち解けた雰囲気の中で上質な音楽を満喫できることにあると思います。入場料が一公演当たり15ユーロ程度(約2000円)と手頃なのもうれしいところです。普段着姿で豊かな自然に囲まれながら本物の音楽を体全体で感じることができます。
最終日には3つのコンサートが行われました。11時からはシュ・シャオ・メイによるバッハの『ゴルトベルク変奏曲』全曲演奏、16時からはアンデルジェフスキ姉弟による息の合ったデュオが披露されました。そして19時から始まった最終公演では、今をときめく若手ピアニストのヌーブルジェと室内楽奏者たちによってブラームスの作品が演奏されました。

トゥレーヌ音楽祭 当日は好天にも恵まれ、普段住み慣れた街から離れた農場で心地よい一日を過ごすことができました。皆さんも、ぜひ機会がありましたらこのような音楽祭に足を運ばれてはいかがでしょうか?

【当日の曲目】
11時~ シュ・シャオ・メイ(ピアノ)
      J. S. バッハ『ゴルトベルク変奏曲』BWV988
16時~ ドロタ・アンデルジェフスカ(ヴァイオリン)、ピョートル・アンデルジェフスキ(ピアノ)
      L. v. ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ第5番『春』Op. 24
      K. シマノフスキ 『神話-3つの詩』 Op. 30
19時~ モディリアーニ弦楽四重奏団、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ(ピアノ)
      ダヴィッド・ゲリエ(ホルン)
      J. ブラームス ホルン三重奏曲 Op. 40、ピアノ五重奏曲 Op. 34

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ロワールの城めぐり カンデ城

ロワールの古城めぐりの基点「TOURSトゥール」から、のんびりとお城めぐりはいかがでしょうか?
参考:トゥールにはTGV利用し、パリモンパルナス駅から1時間、パリCDG空港駅からでも1時間45分です。
トゥール駅正面噴水の先に観光案内所がありますので詳しくは尋ねてください。

CANDE カンデ城

私の勤めるフランス甲南学園トゥレーヌのあるサンシール市から南へ約14キロのところ、トゥール駅からは南西へ約11キロのところにカンデ城というお城があります。このお城は「王冠を捨てた恋」として今も語り継がれる話に出てくるお城です。
イギリスの話がなぜフランス?しかもパリではなく、ここトゥーレーヌ地方なのか?今更ながらびっくりです。

場所:

カンデ城 このお城はもともと中世の要塞であったのですが、16世紀に豪華な別荘としてルネッサンス様式にて建てられました。その後19世紀中ごろにはネオ・ゴチック様式を取り入れて改築。1927年以後億万長者の手により内装を充実。現在はアンドル・エ・ロワール県のもとで維持・管理されています。城の中の調度品などはほとんど飾っていませんが、歴史を噛み締めながら訪問するのもいいでしょう。以前は訪問者の規制がありましたが、現在は季節ごとに指定された日のみ入城可能です。

有名になった理由:

カンデ城 この城が有名なのは、1937年6月3日 イギリス王のエドワード8世がアメリカ人のウォーリス・シンプソンと結婚式を挙げハネムーンを過ごした場所になったからです。城の入り口には今もその時代を見続けた壁画があります。

少しイギリスの時代を遡ってみます。
エドワード8世は1894年6月23日イギリス王のエドワード5世とメアリー・オブ・テックの長男として生まれました。幼少期は家庭教師により厳格な教育を施されました。1910年にエドワード7世が死去したことに伴い、プリンス・オブ・ウェールズとなったエドワードは将来の国王として即位するための準備を始めます。1936年1月イギリス王ジョージ5世が亡くなり、プリンス・オブ・ウェールズは独身のまま、1月20日「エドワード8世」として王位を継承しました。即位式には1931年頃から交際し始めたウォーリス・シンプソンが立会人として付き添いました。しかし、王室関係者はウォーリスを単なる友人としか扱いませんでしたが、2人の熱き想いはその後発展し、ウォーリスは離婚手続きをして、王妃になる準備を始めました。2人の関係は個人の問題だけにとどまらず王位・王制そのものに発展する恐れが出始めました。
ついに1936年12月10日エドワード8世は退位することを発表し、イギリスは大混乱に陥りました。「・・・私は国王として重大な責任と義務を果たすことが到底不可能である。愛する女性の助けと支えなしでは・・・」という言葉で名高い退位文書をBBCを通じて読み上げました。在位日数は僅か325日で、未戴冠のままでの退位でした。

この一連の出来事を「王冠を捨てた恋」とか「王冠を賭けた恋」としてエドワード8世とウォーリス・シンプソンの恋物語として語り継がれています。

カンデ城 エドワード8世は退位後、オーストリアに渡りウイーン郊外にて隠遁生活を始めました。その後フランスに渡り、翌1937年3月8日に「ウインザー公」の称号を与えられました。同1937年6月3日このカンデ城にて親しい友人のみを招いて結婚式を挙げました。
居室の奥には2人のサインが木の壁に彫られており、今でもそれは見ることができます。暖炉の右横の木部の壁にあります。

tajima.jpg 田島 正利 (たじま まさとし)

海外留学の経験を生かし、お勧めのフランスの町や古城をご案内します。
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